【MAU】西洋美術史1【課題2】

MAU通信 -西洋美術史1

西洋美術史1 第2課題

「中世美術では、神を可視の存在としてどう形象化し、それが時代ごとにどう変化したのかを、中世の5つの時代区分ごとの美術の特徴を踏まえて論じなさい。父なる神、子イエス、聖霊、さらに聖母を表現した作品を対象にして考察すること。」

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レポート本文

 キリスト教における神は三位一体とされ、父なる神と子なる神(キリスト)と聖霊なる神である。聖書のモーセの十戒によると、神の姿は人には見えないため、いかなる像も作ってはならないし、それに向かってひれ伏したり、仕えてはならないとある。以下に、中世の美術でいかにキリスト教美術が発展してきたかまとめる。

 第一に初期キリスト教美術について述べる。この時代は大きく分け、キリスト教が公認される以前の「カタコンベの時代」と公認後の「教会勝利後の時代」に分けられる。公認以前は、迫害を受けないよう「カタコンベ」と言われる地下墓所が教徒の集会場となっていた。そこの壁にはモノグラム(暗号)のほか、寓意的人物や暗示的表現がなされ、キリストの象徴である魚やイカリ、天国の象徴であるぶどうや壺などが描かれ祈りの対象となった。公認後は豪華な装飾で布教活動が行われ大規模な教会堂が造営されるようになり、天井や壁に聖書の諸場面の図像が体系的にモザイクで描かれた。対象物は単純化され物語の○述に重点がおかれている。偶像崇拝の禁止の教義のため等身大の丸彫彫刻が制作されることはなかったが、相対的に二次元的な表現を持つ浮き彫りは、典礼に無関係な用途であれば教義に抵触しないと見なされ「教義的石棺」のような表現がされた。これには聖書の物語が断片的に再現されている。
 第二にビザンティン美術について述べる。ローマ帝国の遷都がビザンティン美術の始まりである。726年、聖像論争(イコノクラスム)で聖像を否定する立場が優勢となり、造形美術は一時的な衰退を余儀なくされたが、後843年にイコンは神への礼拝とは異なるものであるとして正当化され決着する。偶像崇拝禁止を尊寿していたことから、神や聖書に基づく丸彫彫刻はほとんど制作されなかった。10世紀頃になると「アルバヴィルの三連板」をはじめとする、長身で直線的で流れるような衣文を特徴とする人物像による三連板形式の祈念パネルが多く制作された。パネルを開くと中央には、洗礼者ヨハネとテオトコスが、キリストにとりなしの祈りをする像がある。その下の五人は使徒たちである。翼部の内側は主教よりも軍人聖者が優勢である。この三連板は聖書の物語や教義を主張するものではなく、聖者の位階や力が示されているものである。
 第三に西欧中世初期の美術について述べる。ケルト=アイルランド系諸国でもゲルマン系諸族でも、石造彫刻はキリスト教への改宗後本格化する。ケルト=アイルランド系では石造の十字架が古代美術を手本とせずに出現し、8世紀には独自の形態と渦巻文、組紐文などの抽象的な文様から構成される浮き彫り彫刻が確立した。ゲルマン系やランゴバルト族ではキリスト教的なモチーフが簡素・抽象的に石棺や浮彫に制作される。オットー朝時代のドイツは、10世紀半ばから11世紀初頭にかけ政治的にも芸術的にもヨーロッパの主導的国家であり、当初はカロリング朝の伝統の復活として行われたが、やがて「ゲロのキリスト磔刑像」のような、主の受難への深い関心を感じる新しい独創的な表現が見られる様になる。十字架上のキリストに対する情に満ちた見方は、すでにビザンティン美術において創始されており、この像もそこに源をもっている。
 第四にロマネスク美術について述べる。聖堂の建築の内外を装飾するための大規模な彫刻が盛んに制作される。数は少ないが祭壇に安置するための聖母子像、磔刑図、聖人像などの丸彫り彫刻も存在し、大型の神像や人間像の表現が目につく。ヴェズレーのラ・マドレーヌ修道院聖堂の「使徒たちに布教の使命を授けるキリスト」など、フランス中部から南西部にかけての巡礼路聖堂に終末論的な主題を取り上げた大構図装飾浮彫の傑作がいくつも残されている。「使徒たちに布教の使命を授けるキリスト」を含め、この時代の装飾彫刻群は、その大きさに関わらず、枠組の法則にのっとって建築の枠の形に合わせて自由にデフォルメされている。壁画はモザイクに代わりフレスコ画が普及し、厳しいキリスト像や神々しいマリア像が力強い筆到で描かれた。自然主義的ではなく、形式を重んじた表現であり、神聖な対象を威厳あるよう表現するため、動きはなく左右対称な線がハッキリとしたものが好まれた。
 第五にゴシック美術について述べる。ゴシック美術はロマネスク文化の延長線上に位置づけられるものであるが、その性格は多くの点で前時代と対照的である。ロマネスクが優れた象徴体系の上に成り立ち重厚かつ抽象的な表現が特徴だったのに対し、ゴシックは人間的で優美な写実的な表現を特徴としていく。また独立した丸彫りも作られるようになった。13世紀半ば頃から威厳に満ちた神の像よりもやさしく慈愛に満ちた聖母像が好まれるようになり、表情も人間的な感情表現に満ちた写実表現が見られる。S字形に捻った姿態、柔和な相貌などが特徴であり「ケルン大聖堂の聖母マリア」にもその特徴を見ることができる。「ピエタ像」のように、あえて悲惨な表現を試み、新しい宗教感情を喚起しようとする流れも起きる。神の光のイメージを再現するため、ステンドグラスによる聖書の表現もされた。

 全ての時代で「偶像崇拝の禁止」の問題は問われ続けた。作品の在り方がその時代の答えを反映している。象徴・シンボルとしての神の表現や、聖書のワンシーンを表現したものが多く作られ、特に「善き羊飼い」「磔刑」「最後の審判」は昔から好まれたテーマである。個人的な祈りのための美術表現は、布教を目的とする教義的な美術表現へと代わり、また感情を感じさせる表現が強くなっていったのである。

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